今日はチョンチョンだった
方言は知らぬが仏の話である。恥ずかしく口に出せぬ言葉を平気ではないた時の話。
「お父さん何処へいらっしゃったんですか」
と、新婚ほやほやの息子の嫁が聞くので靴を脱ぎながら
「やまへ行ってきたが、チョンチョンだった。」
「そんな薄着で」
「その革靴で」
「ガラス張りんとこからみてたもんでなんにも寒くないよ」
「ガラスの張ってある山は何処にあります」
と、矢継ぎ早に質問してきた。
「あー、オートのこん、いやオートレースのこんだよ。あそこで取ってりゃあなあ、まあチョンチョンだでいいか。」
「なにがチョンチョンなんですか」
「チョンチョンって何ですか」
と又も問い掛ける。
「勝ち負けなし、プラマイゼロ、おあいこのこんだよ。」
と、応えながらチョンチョンに関わる若い頃のおもしろい話を思い出した。
紙を貼り合わせてはみ出した部分を鋏で切っている時の話である。
「ここんとこ鋏でチョンチョンと切ってけっこくしといて、俺ん こっち やっとくで」
「おー、チョンチョンとだな」
「そーだ、チョンチョンとな」
二人はすぐ隣に佐賀出身の課長がいたことと、チョンチョンがなにを意味するかを知っていた。
「おー、チョンチョンとぞ」
「そー、チョンチョンとな」
と、
「チョンチョン」を何度も繰り返していたら
「お前らいつまで下らんことを大きな声で話してる」
と、大きな怒鳴り声がする。
振り返ると顔を赤くした課長が恥ずかしそうな顔をして睨んでいた。
同様な言葉を浜松の方言で言えないしまして書くことなど恥ずかしくて出来ない。持つ意味も知らないため恥ずかしいことを平然と口に出してしまう方言が持つ地域性を意識したできごとだった。